他の誰でもない忍の記録

季節の話題や気になる事を色々書いてます。

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雑記

「中途半端に何でもできること」は欠点かもしれない

Jedidja / Pixabay

こんにちは、しのぶ(@Shinobu_1976)です。

会社のホームページ運営を始めたり、自分のブログを書いてみたり。

レジンでアクセサリーを作ったり、ビーズアクセサリーをやってみたり、甘酒を作ってみたり。

そして、自然石をワイヤーで巻き巻きしたりと、最近は興味のある事を片っ端からやっています。

楽しいですよ。

充実していると言いますか、何と言いますか。

でね。ふと、思ったんです。

「ぼくって、意外と何でも器用にこなせるんだなー。」と。

そしてもうひとつ思いました。

「中途半端に何でもできる」は欠点なんじゃないかと。

 

東大にいけると言われた小学校時代

stevenunderhill / Pixabay

自慢じゃありませんが、小学生のころから勉強が嫌いでした。

長期休みの前に無慈悲に出される大量の宿題。普通の日でさえ何かしら宿題がある。

そして、やらないと当然ながら怒られる。

夏休みの宿題をためすぎて、泣きながら徹夜で終わらせたこともあります。

そんなんですから、勉強は本当に嫌いだったな。やっても褒められないし、やらないと怒られるしね。

小学生のころ2回転校しています。

1回目は、小学校5年生のころ。6年生への進級と同時に転校しました。

その6年生を受け持った先生に、「この子は東大にいける!」と太鼓判を押されていたそうです。

30代に突入してから、昔話の中で母からそう言われました。

なんでも、2回目の転校をするとき、小学校の担任が転校先の学校から担任の先生まで、一番良い条件になるように手配してくれたとか。

「そうか、そこまでしてくれたのに、勉強をしなくて申し訳なかったな」

と、ちょっと思いましたが、諸事情で小学校の担任が用意してくれた学校を親が蹴ったそうです。

それならぼくは悪くない。

ま、そこまで期待されていた事も知りませんし、中学校に入学しても一切勉強はしませんでした。

学校の授業を聞いていたくらいですね。

「真面目に勉強していたら・・・」

そう思うこともありますが、人生に2度目は無いので考えても意味がありませんよね。

 

オール適性ありだった職業適性検査

geralt / Pixabay

「職業適性検査」

一度は受けたことがあるんじゃないでしょうか?

職業訓練校に通っていた時、いよいよ就職先を探そうとなった時期に職業適性検査を受けたことがあります。

どんな内容だったのかは覚えていませんが、突然先生に呼び出されたのだけは覚えています。

理由は「全ての適性がAになっているけど、このテスト他で受けた?」と言うもの。

当然受けた事はありませんので、「ありません」と伝えました。

テストで全てが分かるわけじゃありませんからね。結果は結果としてすごく面白かった。

全職業に適性あり!

でもそれって、言い方を変えれば特徴がないとも言えませんか?

 

やれば何でもできる。でも主体性は無い

Oldiefan / Pixabay

実際何でもそれなりにこなすことができます。

輝かしい栄光を掲げればきりがありませんが、やれば何でもできる自信もあります。

でも、主体性はない。ほとんど受け身です。

例えば仕事だと、ぼくが手を出すことで邪魔になるかもしれない。考えてしまうんです。

なので受け身になることが多いですね。

やれば何でもできるは、営業も経理も店員も店長も、道路工事や水道管工事もやりましたし、新聞配達もやりました。

アクセサリーも作りますし、料理もします。釣りも気が向けばやりますね。

何かが違う気がしますが、何でもできますよ。中途半端にね。

とことんのめり込んだ物がないんです。

 

何でも中途半端にできる は 何もできないってこと

Hans / Pixabay

ふと思ったんです。

ほんと中途半端に何でもできるなー。って。

職業適性検査の結果にも出ていますが、全てに適性ありって良いことなんでしょうか。

本当はどの部分に向いているのか、どんな職業に適性があるのかを知るための検査でしょう?

全てって、受けた側としてみれば嬉しいけど歓迎はできませんよね。

「全てに適性があるから、どの職業を選んでもいいんだよ!」

確かに選択肢が広いのは良い事です。でもなー。なんか違うよな。

趣味にしても、出来ないことを四苦八苦してできるようになっていく。

出来たことが嬉しくて、さらに四苦八苦して上手になっていく。

これが楽しいんですよね。

これが「良しやってみよう」⇒「あれ、何となくできた」⇒「おー。上手いね才能あるよ」だとどうですか?

もっと頑張ろうって思えないんですよね。

そしてまた、中途半端になる。

何でもできるは長所だと思っています。

でも、中途半端にしかできないのなら、それは欠点にしかならない。

何でも中途半端にできるってことは、結局何もできないことと同じじゃないでしょうか。

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