他の誰でもない忍の記録

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七夕 夏のこと

七夕に降る雨を催涙雨/酒涙雨(さいるいう)と呼ぶ理由。実は会えないことを喜ぶうれし涙だった!?

2016/05/14

Meaning of Tanabata lyrics

こんにちは。七夕について調べ出したら止まらなくなったしのぶ(@Shinobu_1976)です。

早速ですが、七夕(7月7日)に降る雨のことを催涙雨とか酒涙雨と呼ぶのを知っていますか?

この雨の呼び方は七夕伝説からきているんですが、呼び方をしっていてもその理由まで知っている人は少ないはず。

調べてみたところ、いろいろな説があってどれが正しいのかさっぱり分かりませんでしたから。

そんな中で、おそらくこれが語源に近いんじゃないかと言う話を見つけましたので、紹介します。

間違っていても、怒っちゃだめですよ。

 

「催涙雨は、織姫と彦星が別れを惜しんで流す涙」説

一番しっくりくるのがこの説。

七夕の夜に再会した織姫と彦星。伝説の通りなら、再会できるのは七夕の夜だけ。

当然、朝が来れば別れなくてはなりません。そして2人が次に会えるのは来年の7月7日。

1年間も会えなくなるのですから、催涙雨とは織姫と彦星が別れを惜しんで流す涙だと言うのは、すごく分かります。

でも、催涙雨を別れを惜しんで流す涙だと聞いている人って、意外と少ないみたいですよ。

ほとんどの人は次の説で聞いているんじゃないかな。

 

「催涙雨は、織姫と彦星が雨で会えないことを嘆く涙」説

7月7日の夜に雨が降ると、織姫と彦星は会えなくなります。

催涙雨は、再会が果たせなかった織姫と彦星が流す涙です。

と言う話を1度は聞いたことがあるはず。

催涙雨の2つ目の節は、2人が1年に1回しか無い再会を果たせずに流す涙のことです。

でもこの説は1つ疑問が残ります。

なぜなら七夕伝説の最後は「雨が降るとカササギが橋をかけてくれる」となっているからです。

 

七夕伝説は2種類の終わり方がある

地方によってなのか国によってなのか知りませんが、終わり方が2種類あるんですね。

1つ目がこの終わりかた。

やがて待ちに待った7月7日の夜になると、
おりひめとひこぼしは天の川をわたり1年に1度の再会を果たします。

しかし、その日に雨が降ると川の水かさが増して川を渡ることができません。
すると、どこからかカササギという鶏の群れがやってきて天の川の中に翼をつらねて橋となり、
ふたりを会わせてくれるのでした。

雨が降るとカササギと言う鳥が飛んできて、橋をかけてくれるんです。

この終わり方だとたとえ7月7日が雨でも、織姫と彦星は会うことができます。

と言うことは!

催涙雨とは再会を果たした二人が、別れを惜しんで流す涙と言うことになりますよね。

ところがこの終わり方と真逆もあるんです。

それがこれ。

年に1度、7月7日だけ天帝は会うことをゆるし、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができた。

しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができない。

カササギが橋をかけるのは晴れた日だけで、雨の日は天の川の水かさがまして橋をかけられないと言う話。

この話だと、催涙雨は雨で会えないことを嘆く涙になります。

 

催涙雨の語源は韓国の伝説?

話の終わり方が2種類もあると、催涙雨の意味も良くわからないものになってしまいます。

そもそも日本の話に理由を求めるのが間違っているのかもしれない。

そう言えば、七夕は中国から伝わったもの。と言うことは催涙雨の語源も国外にあるはず!

と言うことでネット上で色々調べてみたところ、語源らしき話を見つけました。

1つ目が韓国のこのお話。

天の国の牧童・牽牛と、玉皇上帝の孫娘の織女が結婚した。彼らは結婚しても遊んで食べて怠け暮していた。

上帝は怒り、牽牛は銀河水(天の川)の東方に、織女は西方に別れて住まわせることにした。

それで、夫婦は切ない気持ちのまま、渡れない河を間に置いて暮さねばならなかった。

その話を伝え聞いたカラスとカササギたちが、毎年七夕に天に昇り、二人のために銀河水に烏鵲橋をかけた。

それで、牽牛と織女は七夕にこの橋を渡って一年の寂しさを語り合い、また別れるのである。

なお、七夕前後には雨が降ることが多いが、これは牽牛と織女が逢瀬の準備に車の埃を洗い流すからで、これを"洗車雨"と呼ぶ。

また、七夕の夕方に雨が降れば二人が逢えた喜びの涙とし、翌日の夜明けに降れば別れの悲しみの涙とする。

よって、これらを"灑涙雨"と呼ぶ。

http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/seisin/9_02.html」より引用

7月6日に降る雨を「洗車雨」7月7日に降る雨を「催涙雨」と呼ぶところなんてぴったりですよね。

降る時間によって「喜びの雨」だったり「悲しみの雨」になるところも、良い感じです。

もうひとつのお話がこれ。やっぱり韓国のお話。

ある星の国に美しい姫がおり、王は別の星の国の王子を婿に迎えた。しかし、この王子はたまによからぬ事をしていた。

王は怒り、王子を天の川の北岸の彼方に追放した。

しかし娘の気持ちを思い、一年に一度、七月七日にだけ天の川のほとりで逢う事を許した。

一年も離れ離れなので、夫婦は悲しみ、その涙は雨となって地上に降り注いで、ついには洪水になった。

地上の王の命により、カササギが選ばれて天に昇った。

そうして沢山のカササギが天の川の北の岸から南の岸まで頭と羽をそろえて並んだので、王子はこの橋を渡って姫に逢うことが出来、地上の雨もピタリとやんだ。

そんなわけで、七月七日の朝に雨が降ると「嘆きの雨」、昼に降ると「逢えた喜びの雨」、夜に降ると「別れの悲しみの雨」という。

また、七月七日にカササギを見かけることがあると、橋をかけに行かない怠け者だとて、追い払ったりするそうだ。

http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/seisin/9_02.html」より引用

この二つのお話では、乙姫と彦星が会えているんですよ。

そうなるとますます不思議になるのが、会えないことを嘆いていると言う説。

会えないことを嘆く涙と言う説は一体どこから来たんでしょう。

ひょっとして誰かの想像だったのかな?

 

「催涙雨は会えないことを嘆く涙」じゃなくて、喜んだうれし涙だった?

そのお話は中国の物。すこし長いけど引用します。

老いた牛を持った若者がいた。この牛を草原につれて行っては草を食べさせていたので、人は彼を牛飼いと呼んだ。

ある夏の日のこと。草原に霧が出て、一寸先も見えなくなった。すると、不意に牛が口をきいて言った。

「草原の南にある川で七人の仙女が水浴びをしています。そのうち一人の衣を隠してしまえば、その仙女をあなたの妻に出来ますよ」

牛飼いは言われた通りに川べりに行き、衣の一つをとると大声をあげて逃げ出した。六人の仙女は驚いて天に逃げ去ったが、衣を奪われた仙女――彼女は織姫という名だった――だけは、裸のまま牛飼いの後を家まで追いかけて来た。しかし牛飼いは衣を隠してしまったので、地上に寄る辺のない彼女は牛飼いの妻になるよりなかった。

夫婦になると、織姫は天でやっていたように機を織る仕事を始めた。ところが、牛飼いの方は怠け者になり、牛の世話もしなくなってしまった。

牛はとうとう病気になり、死ぬ真際にこう言った。

「私が死んだら、私の皮で袋を作り、そこに黄砂を入れて、鼻の綱でしっかり縛っておいてください。そしていつもその袋を背負っているなら、困った時にお助けしますから」

牛飼いは悲しみ、言われたとおりに皮袋を作って黄砂を入れ、背負って歩いた。

それから三年が過ぎた。牛飼いと織姫の間には娘と息子の二人の子供も生まれた。ある日のこと、織姫が言った。

「私の衣をどこに隠しているのですか。もう子供も二人いますし、決して逃げたりしませんから、教えてください」

牛飼いはすっかり安心しきっていたので、戸口の土台の下に埋めてある、と教えてしまった。それを聞くなり、織姫は戸口に駆け寄って衣を掘りだし、今もなお美しいままのそれを素早くまとうと、天に逃げ去ってしまった。

この事態に牛飼いは驚き、偶然、背負った牛皮の袋を叩いた。すると牛飼いと二人の子供は舞いあがり、逃げる織姫の後を追いかけることが出来た。

織姫は父子が追いつきそうになったのを見て、頭から金のかんざしを抜いて、自分の後ろに線を引いた。たちまち、そこに大きな河が現れた。しかし牛皮の袋から黄砂がこぼれ出て土手となり、父子はそれを渡って織姫を追うことが出来た。

それを見ると織姫はまたかんざしで線をひいて河を出したが、もう黄砂は尽きていて渡ることが出来ない。それで、牛飼いは袋を縛っていたいた綱をほどいて、それを織姫に投げつけた。綱は織姫の首に絡みついた。仰天した織姫は持っていた(「ひ」機織りの道具)を投げつけたが、牛飼いが避けたので当たらなかった。

夫婦が河を挟んでギャーギャーやっていると、天帝の使いの神仙が仲裁に現れた。

「これより、織姫は河の東に、牛飼いは河の西に住むことを命じる。しかし年に一度、七月七日の夜だけは河を渡って逢う事を許す」

天帝の命とあっては仕方がない。一家はそれに従うよりなかった。

織姫がかんざしをひいて作った河は、天の川。夫婦はその河の両岸に牽牛星、織女星となって光っている。織女星の周りにある星は牛飼いの投げた牛の綱で、牽牛星の回りは彼らの子どもたちと、織姫の投げた梭である。

牛飼いは、毎日 食事の後に一つずつ、どんぶりを洗わないで取っておく。そうして織姫が七月七日にそれを洗い、洗い終わると夜が明けてしまう。

また、七月七日に降る雨は二人が逢えないために流す涙と言われている。

http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/seisin/9_02.html」より引用

2人が会えない為に流す涙と言われている。とありますが、多分織姫は会いたくないでしょうね。

何しろ、水浴びをしていたのに衣を盗まれ、裸で走らされた上に、仕方がなしに妻になった。

さらに逃げたのに追いつかれ、その上まだ夫婦として暮らさないといけないんですから。

なぜかどんぶり洗ってるし。

この話を読むと7月7日に降る雨は、2人が会えない為に夫は悲しみの涙をながし、妻はうれし涙を流している気がします。

しかしひどい話だ。織姫がかわいそうになってくる。

 

まとめ「催涙雨」と呼ぶ理由

織姫と彦星が7月7日に流す涙の事。

ぼくとしてはこの説が一番好きですね。

七月七日の朝に雨が降ると「嘆きの雨」、昼に降ると「逢えた喜びの雨」、夜に降ると「別れの悲しみの雨」

会えないことを嘆いて流した涙が朝の雨。

1年ぶりの再会を喜んで流した涙が昼の雨。

また1年も会えなくなると、別れを惜しんで流した涙が夜の雨。

分かりやすくて良くないですか?

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